
b473aeurp00100 THAWING (単話)
「まさか合格祈願の帰り道で、こんなに吹雪くなんて…」東京から、大学受験のためこの東北の地に赴いた侑子ちゃんは、雪風で消えいりそうな神社の鳥居に背を向けながら、まさに今、遭難しかけていた。「ちょっと誰か助けてよー」しばらくして「民宿はぎや」では、この旅館で働きながら大学に通う宗一が、両手にコーヒーカップを持って何やらニヤニヤしている。
片方のカップを受け取ったのは、さきほど死にかけた(笑)侑子ちゃん。
彼女は、投宿するこの旅館の裏山でギャーギャー叫んでいたのだ。
宗一はニヤけ顔をくずさずに、軽口のつもりで「雪風に吹かれて受験の悩みも吹っ飛んだろう」的な言葉で侑子ちゃんを笑うと、彼女も負けじと受験生の大変さを知れ、と必死に反論。
実は彼らは従兄妹同士で、こんなやり取りも昔から知った仲だからこそできるのだが、二人のこれまでの均衡を崩しかねない想いを、侑子ちゃんは抱いていた。
侑子ちゃんは宗一のことを好きになっていたのだ。
恋わずらいのため受験に集中できない彼女は、どうせ実らぬ恋ならば…とあきらめて、大学合格という目の前の課題に集中すべく、宗一に告白、見事にこの片想いを散らせてみせようと考えていたのである。
さらにしばらくして、侑子ちゃんは呆けたような表情で、露天風呂に白くて細い脚を浸している。「伝えてしまった…」彼女は数刻前、宗一を外に呼び出して自分の想いを告白。
そして彼の返答を聞かぬまま、先に旅館に帰ってきたのである。
これで良かったのだと、自分に言い聞かすような態度でいる彼女に、突如、宗一の「侑子ちゃん」という声が聞こえる。
驚き、湯船のそばの眼鏡を掛けなおす侑子ちゃん。
宗一は彼女に背を向けたままで続ける。
自分も侑子ちゃんが好きだと。「…嘘っ」と大きな声を出して宗一のほうを向く侑子ちゃん。
彼女は、もはや自分が裸であるということを忘れ、なおも続く宗一の言葉に、ただ耳を傾けるのであった。
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